大判例

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熊本地方裁判所人吉支部 昭和47年(ワ)36号 判決 1973年5月29日

原告

宮原クマ

ほか四名

被告

大石静

主文

1  被告は原告宮原クマに対し金九万五、七三八円、その他の原告に対し各金四万七、八七〇円および右各金額に対する昭和四七年七月九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの平分負担、その余を被告の負担とする。

4  この判決の第一項は、かりに執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  原告ら「被告は原告宮原クマに対し金九九万五、九四一円、その余の原告らに対し各金四九万七、九七〇円および右各金額に対する昭和四七年七月九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決および保証を条件とする仮執行宣言を求める。

二  被告 原告らの請求棄却、訴訟費用原告ら負担との判決を求める。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  宮原光一は、つぎの交通事故により死亡した。

(1) 日時 昭和四六年二月二三日午後六時四五分ごろ

(2) 場所 熊本県球磨郡免田町甲三、七八一番地先道路上

(3) 加害車 普通貨物自動車(飯田実運転)(以下被告車という)

(4) 態様 加害車は熊本県球磨郡錦町方面から同郡多良木町方面に向け時速八〇キロメートルの速度で進行中当時は夜間であり、前方の見透しも十分でないにもかかわらず右の高速度で運転した過失により、おりから前方道路を右から左に横断中の宮原光一を約二九・一メートルに接近してはじめて発見し、あわてて急制動したが間に合わず、自車左前部を同人に衝突させてはねとばし、同人を死亡するにいたらしめた。

二  前記飯田実は被告使用の運転手であるから、被告は右事故から生じた損害を賠償する責任を負う。

三  損害

(1) 逸失利益

被害者宮原光一は事故当時六四才で、平均余命は一二・五一年であり、同人は農業所得と年金で年収三七万円を得ていたので、その間の得べかりし利益をホフマン式計算により現価を算出すると三四九万七、七〇〇円となる。

(2) 慰謝料

被害者光一の死亡により原告らは多大の精神的苦痛を感じており、その慰謝料は四〇〇万円とするのが相当である。

(3) 損害のてん補

自賠責保険から四八八万九、八七五円が支払われ、右損害のてん補にあてられた。

(4) 弁護士費用

原告らは原告ら訴訟代理人に本訴の追行を委任してその報酬として一八万円の支払を必要とするので同額の損害を受けた。

四  前項の損害金差引合計二九八万七、八二五円を原告らの相続分(原告宮原クマ三分の一、その余の原告六分の一)に従つて分割すると原告宮原クマ九九万五、九四一円、その余の原告は各四九万七、九七〇円となる。

よつて、原告らは右各損害金とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四七年七月九日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求原因に対する被告の答弁および主張)

一 請求原因第一項は、飯田実の過失の点を争い、その余の事実は認める。同第二項は否認する。同第三項中、(1)のうち被害者光一の事故当時の年令が六四才で、その平均余命が一二・五一年であることは認め、その余は争う。同(2)の慰謝料額は争う。同(3)の事実は認める。同(4)は争う。同第四項のうち原告らが右光一の相続人であり、原告主張どおりの相続分を有することは認める。

二 過失相殺の主張。宮原光一は当時強度の飲酒、酩酊し、近くに横断歩道がありながら横断歩道でないところをよろめきながら、左右の交通の状況を確認しないまま急に被告車の前面を横断しようとして本件事故にあつたものであるから、同人の過失割合は高度であり、少くとも六〇パーセント以上である。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因第一項の事実は、被告車の運転者飲田実の過失の点を除き当事者間に争いがない。〔証拠略〕を総合すれば、つぎの事実が認められる。すなわち、被告車は事故現場を時速約八〇キロメートルの速度で進行していたが、当時は夜間で暗く、前照灯による前方の見とおしも十分でないにもかかわらず、右の高速度で進行し、かつ前方注視も不十分であつたため、おりから右道路を右から左に歩いて横断中の被害者宮原光一の発見が遅れ、同人と約二九・一メートルに接近してはじめてこれを認め、あわてて急制動をしたが間に合わず、自車左前部を同人に激突させて、はねとばし、同日午後七時ごろ公立多良木病院で頭蓋底骨折により死亡させたこと、他方右被害者も酒気を帯び道路を横断しようとしていたもので、しかも同所から約四三メートル離れたところに横断歩道があるにもかかわらず、横断歩道外を横断していたこと、当時左方から被告車のほか二台のダンプカーが来ており、同所は直線道路であるから前照灯などによりこれを十分確認できたと思われるところから、被害者の方にも安全不確認の過失があつたと考えられないでもないが、この点は被告車が前記のような高速で進行していなければ安全に被告車の前を横断できた可能性も考えられるところから、その過失はそれほど大とは考えられないこと、以上のような諸事情が認められ(右認定を動かすに足る証拠はない)、右事情からすれば、本件事故に寄与した過失の割合は被告車八〇パーセント被害者二〇パーセントとするのが相当である。

二  被告の責任原因について。〔証拠略〕を総合すると、つぎの事実が認められる。すなわち、被告車は昭和四五年一〇月六日株式会社マツダオート南熊本から購入されたものであるが、その契約名義人も登録名義人もいずれも被告個人であり、代金も被告振出の手形で支払われたこと、しかし、右車はもつぱら有限会社球磨婚礼センターの営む貸衣裳業に使用され、右会社の納税申告書添付の明細書にも右会社の資産として右車が計上されていること、以上の諸事実が認められ、右認定に反する証拠はない。そして、被告は右車は被告の名義になつているが、実質的には右有限会社の所有であり、ただ、購入当時右会社が設立直後で会社の印ができていなかつたので一応代表者である被告個人の名義にしたものであると主張し、〔証拠略〕中にもこれにそう供述部分があるが、車を会社の名義にするのに会社の印なるものが必要とは考えられず(代表者である被告の印があればよい)、また購入後本件事故にいたる間に名義を変更することができたにもかかわらず、これをしていないことなどからみて、右の主張を直ちに認めることはできず、むしろ最初から被告個人の所有として購入されたものと認めるのが自然である。そして右車がもつぱら右会社のために使用されていたとしても、前掲各証拠によれば、右会社は被告と高取清二が取締役となつているほか従業員はおらず、右高取も熊本市に居住していて右会社にはほとんど出社しておらず、被告がひとりで一切の営業をやつていたもので、実質的には被告の個人企業ともいうべきものであつたことが認められ、また前記納税申告書を本件事故後作成されたものであつて、これをもつて直ちに右車が事故当時右会社の所有であつたと認めるには足りず、前記のとおり被告個人の所有と認める支障とはならない。そして前掲各証拠によれば、運転手飯田は被告から貸衣裳の集配のため車の運転を依頼され、同乗する被告の指示に従つて被告車を運転していたことが認められ(右認定に反する証拠はない)、被告が右車の運行供用者であることは明らかであり、自動車損害賠償保障法三条による責任を免れない。

三  損害について

(一)  逸失利益

被害者光一が事故当時六四才で、その平均余命が一二・五一年であることについては当事者間に争いがない。〔証拠略〕によれば、被害者は肺結核にかかり現に通院治療中であつたが経過は良好であり、体も頑健で農業に従事していたこと、農業収入は諸経費を差引いた利益が一年に少くとも二七万円あり、ほかに軍人恩給が一年に一〇万円あつたこと、家族は病身の妻(原告宮原クマ)と二人暮しであつたことなどの事実が認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。右の事情から、被害者の年収三七万円のうち生活費にあてられる部分はその三〇パーセントと認めるのが相当であるから、一年間の得べかりし純利益は二五万九、〇〇〇円となる。そして被害者の稼働可能年数は前記平均余命期間の約二分の一にあたる六年とみるべきであるから、その間の得べかりし利益の現価を求めるため右純利益にホフマン係数五・八七四を乗ずると一五二万一、三六六円となる。そして右の損害のうち前記認定のように被害者の過失の寄与した割合が二〇パーセントあるのでこれを控除すると一二一万七、〇九三円となる。なお、恩給については右稼働期間後も同人が生きている期間ずつと支給されるものと考えられるが、恩給が主として本人の生活維持のための給付という性格を有すること、およびその金額からみて全額生活費にあてられるものと解すべきであり、得べかりし利益として算入することはできない。

(二)  慰謝料

前記認定の諸事情(事故に対する双方の過失割合も含む)および本件にあらわれた諸般の事情を合わせ考慮すると、本件事故により原告らが受けた精神的損害に対する慰謝料は、原告宮原クマ一三〇万円、その他の原告各六五万円とするのが相当である。

(三)  損害のてん補

自動車損害賠償責任保険から右損害のてん補として金四八万九、八七五円が支払われたことについては当事者間に争いがない。そこで前記損害額合計五一一万七、〇九三円からこれを差引くと二二万七、二一八円となり、これを原告らの各相続分に応じて分割すると、原告クマ七万五、七三八円、その他の原告三万七、八七〇円となる。

(四)  弁護士費用

原告らが本件訴訟の追行を弁護士那須六平に委任していることは記録上明らかであり、事件の内容、請求額などからすれば、原告らが右弁護士に少くとも一五万円以上の報酬の支払いを約していることが推認できるところ、本件訴訟の内容、経過、請求額および認容額などからみて、右費用中、本件事故と相当因果関係ある損害として被告に負担を求めうる額は六万円とするのが相当であり、これを各原告に分割すれば、原告クマ二万円、その余の原告各一万円となる。

四  以上の理由により、被告に対して有する損害賠償債権は原告宮原クマ九万五、七三八円、その他の原告各四万七、八七〇円となる。よつて、原告らの請求はそれぞれ右損害金とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年七月九日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 綱脇和久)

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